娘が大学生のころ、様子を見にアパートを訪ねた日のことだ。久しぶりに会った娘は元気そうで、せっかくだからと二人でデパート巡りをすることになった。腕を組みながらはしゃいで話をしていると、娘は突然こう言い出した。
「わたし、スワロフスキーの店長さんと友達なんだよ」
あまりに自然に言うので、一瞬聞き間違いかと思った。大和のスワロフスキーの店長さんなんて、私は人生で一度も話したことがない。そもそも、あのキラキラしたお店に入るだけで緊張するのだ。娘はどこまでも私の固定概念を飛び越えてくる。
半信半疑のまま店に向かうと、驚くべき光景が広がった。私と同年代と思われる、美しい姿勢の店長さんと娘が、まるで旧友のように笑いながら話し始める。あまりの馴染みっぷりに若干引きながらも、アパートで独り暮らしをする娘がなつく人がいることを、うれしく、ありがたく思いながら店内を見て回る。何なら何か一つ買ってもいい。楽しい今日の記念に。
スワロフスキーは昔から好きだが、いつも「見るだけ」で終わる場所だ。ところがその日は違った。ひとつのネックレスに、まるで磁石のように心を引き寄せられた。ガラスケース越しに見ているだけで胸がときめく。試しにつけさせてもらうと、鏡の中の自分の顔がぱっと明るくなった。こんなに表情が変わるものなのかと、自分でも驚いた。
店長さんが静かに言う。
「これは、一粒一粒が涙の形なんです。涙を吸い取ってくれるネックレスなんですよ」
なんと。美しさだけでなく、物語までまとっているとは。初めてのスワロフスキー購入の舞台は整った。あとは飛び乗るだけだ。就活を控えた娘にも伝えたい。
「働き続けていれば、この九万円のネックレスだって買えるんだよ。見てなさい、母の財力を」
私は厳かに言った。
「これ、頂きます」
すると店長さんが、まるで当然の流れのように微笑んだ。
「セットでブレスレットもいかがですか?」
ここで断る選択肢ある?ないだろ。
「じゃ、それも頂きます」
気づけばお会計は十五万円。予定外どころか、人生でも指折りの衝動買いだった。それでも、後悔はまったくなかった。むしろ、あの日の勢いと楽しさごと、ネックレスとブレスレットに閉じ込めたような気がしている。
思いがけない大きな買い物だったけれど、胸を張って言える。あれは間違いなく、大満足の買い物だった。娘と店長さんの笑い声、鏡の中で華やいだ自分の顔、そして「涙を吸い取る」という物語。全部ひっくるめて、今でも私の宝物だ。

