
神棚をシンプルにしたいと思い続けて、ようやく形になりました。
3枚目のお札をいただきに、白山ひめ神社へ。
これでようやく、中央に天照大神、右に安宅神社、左に白山ひめ神社という、三社のお札がそろいました。
小さな神棚に3枚が並び、視覚にもバランスが良く、良い感じです。

■ ここでお札の並べ方の基本メモ
- 中央:最も格の高い神様(天照大神)
- 向かって右:次にゆかりの深い神社(安宅神社)
- 向かって左:三番目のお札(白山ひめ神社)
右が上位、左が下位という並びは、神社の世界ではよく知られた配置だそう。
神棚を整えると、榊もきちんとしたものを置きたくなり、最近は国産榊を選んでいます。
高いけど、一か月ほど持つし、葉の色も落ち着いていて、見ていて安心できます。
白山さんを参拝したあと、すぐ近くの金劔宮(きんけんぐう)へも足を伸ばしました。
「お金の神様」としてすっかり有名になっていて、平日にもかかわらず、愛知や富山など他県ナンバーの車がたくさん。
若い人も多かったですね。
欲しかった金運のお守りは残念ながら売り切れ。
しかも「転売禁止」の張り紙まであって、なんだか世知辛い気持ちに(笑)。
それでも、境内のすべての祠にお賽銭を入れて、
「お金大好きです。お金に困りませんように」
という素直な気持ちで一周。分かりやすいほうがいいと思って(笑)
静謐な空気のもとすべての参拝を終えると、心の中がすっきりしました。
わたしの場合、神様に会いに行くという行為は、人生詰んだ(と感じている)時か、気持ちに余裕があってお礼に伺いたいなーと思う時です。極端ですね(笑)
15年前心身ともに病んでいた時は、心屋仁之助さんに傾倒し、「今までのやり方で人生うまくいかないんなら逆のことするしかないやろ。神社にお賽銭として一万円札入れてこい」と一万円チャレンジを勧められ(というか著書で読み)、自律神経のバグで毎朝4時に早朝覚醒して睡眠不足が重なっていた当時のわたし、ふらふらと明け方近所の神社へ一万円札握りしめて歩き、どうにでもなれとお賽銭箱に投げ入れたのは今となってはいい思い出ですね。ちなみにその一万円、軽すぎてお賽銭箱の下に落ちず、隙間に引っかかって丸見えのままというオチまでついて、笑っちゃいましたね。
あれからかれこれ15年。あの頃は気持ちの通わなかった(と思い込んでいた)夫と仲良く御朱印帳を持って神社巡りができること、ありがたく思いますね。明けない夜はないですね。

